人生を諦めることは大事。過度な期待はクオリティオブライフ(QOL)を下げる

最近、人生を諦めることを意識しています。こういうと「なんちゅーネガティブなやつだ!」って言われそう。でも「諦めること」ってすんごく大事だと最近思います。ぼくは諦めることを意識しだしてからだいぶ生きるのが楽になりましたよ。

諦めるの語源は明らかに見る

そもそも「諦める」って言葉は本当にネガティブな言葉なの?っていう疑問を抱いたんですよ。「あきらめるな!」も「諦めが肝心」もどっちかっていうとネガティブなときに発する言葉じゃん?

でもそれってイメージだけで本当はそうじゃないんじゃないか?と。

で、諦めるの語源を調べてみた

どうやら「あきらめる」の語源は「明らかに見る」なようなんです。明らかに見る。つまり真実や現実から目を背けずしっかりと見据える…という意味。これって全然ネガではなく、むしろ重要なことだと思うんですよね。

最近は夢とか希望とか絆とか「ふわっとした抽象的で不確実性の高いもの」が重要視される風潮があるじゃないですか。

夢と妄想の違い

ぼくは夢とか希望とかそういう曖昧なものは好きじゃありません。そんなの1円にもならんし、根拠がない。別に夢とか希望を持つのが悪いことって言いたいわけじゃなくって「それってどういう根拠があるん?」ということ。

根拠も理論もない夢とか希望ってのは所詮妄想でしかない…とぼくは考えてるってだけ。それをもったところで妄想だったら妄想以上にも以下にもならんのです。

夢という妄想が人生の質を低下させる

「夢を見ろ!」と声高に叫ばれて、特に今の若い層は夢を持ってる人が多いんだけど、その夢にとらわれすぎてることってないだろうか?

「俺はプロテニス選手で食っていく!」という夢を持っていても、それって相当一握りな世界でしょ?もちろん努力したからって叶うわけではない。才能というよりかは、努力したからって勝ち続けることのできる世界じゃあないわけで。

でもその夢を諦めきれなくていつまでも引っ張って何年何十年と使ってては貴重な時間を無駄にしてることになる。そんだけやって遅咲きで…というケースもあるけどそれはそれでレアケース。

それなら区切りをつけて、別の道を探すのも手なわけです。。

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映画やテレビで夢が叶うと勘違いする人たち

よく映画とかで逆境を乗り越えて…みたいなサクセスストーリーもあるけどそれってほんと一握りのケースであって、その影で同じように努力してた人が何人も潰されてるわけ。そこにスポットライトを当てないから「夢は叶うんだ!」なんて勘違いしてる人が増えるわけで。

夢にとらわれすぎてる人生ほど、虚しいものはない。盲目的な恋ににてるよね。

最初から人生に期待しない

基本的に人生は「うまくいかないこと」の方が圧倒的に多い。

うまくいくことの方が少ない。失敗の連続の上にちょっとだけ成功が乗っかってるようなもん。もちろんなにもかもうまくいくラッキーマンもいるけれど、ほぼ全ての人はうまくいかないことの方が多い人生です。

順風満帆に生きてるように見えて明日それは終わるかもしれない。結婚秒読みだったのがひょんなきっかけから終わるかもしれない。ビジネスでいい感じになってても1年後はどん底かもしれない。むしろ明日死ぬかもしれない。

ぼくらが生きてる世の中はそんな世の中。

地震やテロから学ぶ人生の不確実性

不謹慎なことをいうけど3.11の地震や先日のパリのテロで亡くなった人は「その日にまさか自分が死ぬ」とは思ってなかったはず。でもそれって今生きてるぼくらからしたら他人事でも実際明日は我が身…というのが今の世の中。かくいうぼくも明日死んでるかもしれない。それはリアルにあるんですよ。

つまりどんなに未来のことを考えてもそれは不確実なものであって、確実性の方が少ない。一寸先は闇っていうけどまさにそんな感じ。

そんな現実でポジティブな人生だけを見るのはただの盲目

そんな不確実性の塊みたいな世界で、さらに不確実性の塊みたいな夢に人生をかけるのもちょっともったいない。だって、必死に努力してし続けるだけの人生で得られるものって?努力したという結果は手に入るかもしれないけど、夢が叶わなかったらプロセスだけで終わる。

後からもっと人間的よろこび(例えばうまいものを食う、生きたいところにいく。好きな人に好きと伝える。いっぱい寝る)をもっとしとけばよかったー!!なんて言っても後の祭。

昔は生きる目的がシンプルだった

昔の人間は、とにかく食って、寝て、生殖活動して…。という「生」を単純に満喫してた。明日リアルに死ぬ世界だったから。けど今は余計なものがありすぎて「生きる目的」が複雑化してるように感じる。仕事での自己実現、お金、恋愛などなど。

そしてメディアや映画での過剰な「成功した華やかな暮らしやサクセスストーリ」に影響されて誰もが虚無な夢を見続ける。

もっと現実をあきらめて(明らかに見て)生きる

よくわからない夢や希望や将来のことより「今この現実」を明らかに見て判断する。不確実性の塊よりも、今日今どう生きるか?なにを食べるか?家族となにを話したか?そういう人としてのよろこびを大事にする。

そういう人生の方が「本質的に」幸せです。今日うまいもん食えて、寝ることができればそれだけで十分幸せだったりするんだよね。

そうやって高望みするのをやめてから、生きるのが本当に楽になりました。なんかでっかいこと成し遂げなくても楽しいし、明日死ぬかもしんないからやりたいことは全部やっちゃうし。海外移住も2018年待たずしちゃおうかなと考えてます。3年後どうなってるかわからんので。

毎日を単純な充足感で満たすと本当に幸せです

なんとなく、夢とかそういうのに疲れた人はこの本を読むといいですよ。いいこと書いてあります。

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