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「とりあえず」で大学にいくのは親子ともにやめたほうがいい

どうもプロ引きこもりのいのぴーです

大学にいくべきか?いかないべきか?という論争はつねにネット上を賑わせてるけど、あなたはどう思う?

学歴社会じゃないから不要だ

なんだかんだ有名大でてるといいことあるからいくべきだ

いろんなロジックがありますなあ

ぶっちゃけどっちでもいいし、どっちがいいか自分できめやがれ案件なんだけど、だいがく中退した身分としていえることがある

それは「とりあえず」で大学にいくのはやめとけってこと

大学よりも外の世界の方がおもしろい

ぼくはそう感じて1年足らずでやめた

そう感じた理由は、

  1. そもそも大学にはいった理由があまりない
  2. 学校の外の世界の方がたのしかった
  3. 奨学金返済しか残らない気がした

から

ぼくには、500万円近く学費をかける価値が感じられなかった

大学に入った理由は、やりたいことがなかったから

正直、どこ大学でもよかったし、なに学部でもよかった

学校なんていらないとぼくは考えてたので、別にどこはいっても大差ないだろうと思ってたから

ただ、正直言えば、親が入れとうるさかったからとという理由がでかい

大学の外の世界の方が楽しかった

大学の中では、やる気のない教授にやる気のない生徒たち

サークル活動は飲んではリバースを延々と繰りかえす不毛さ(はくならなんのために食って飲んでるのか?)

いったいここはなんのための場所なんだろう?」と常に思ってました

でも、学校の外の活動では、

  • 働けばお金がもらえる:お金もらいながら経験がつめる
  • 俳優業やファッションなどの刺激がある

のです

バイトではリアルに「社会」を感じられたし、学校の外ではぼくは役者や個人事業で実演販売などをしてたのですが、とてもいい経験がつめました

学校という場所よりも、外の世界の方が学べるものが多かった

だからぼくは「大学に行くよりもさっさと社会に出た方が得るものがある」という結論にいたったんです

残ったものは、奨学金の返済だけ

ぼくは中退なので最低限の学費と奨学金返済ですんでいますが、なかには大学卒業とともに奨学金でうん百万円の借金をおっただけの人もいます

学歴は手に入りますが、その学歴はいまとなってはそこまで一生において価値はないようです

実際、ぼくはベンチャーの幹部に、周りが大学生のときになってたけど、その部下は早慶や国立卒だったりしました

高い学費をかけて、奨学金の返済という責任をおって、就職したあとはエリートが中退に使われる構図をみて「学歴とは?」と不思議になった記憶があります

学歴社会の古めかしい社会では学歴は武器になりましたが、実力主義の場所では学歴よりも実力が問われまして、最近は実力主義が増えてる印象です

はたして、大学には500万円の価値があるのか?

目的があっていく場合、あると思います

  1. 学者を目指している
  2. 大学とコラボした起業をしようと思っている
  3. 明確な目標の元、大学名をつかってコネクションを作りたい
  4. 在学中に自分で起業をするための猶予期間として考えている

など「大学にいく意味」をしっかり持ってるなら、卒業後には500万円の投資にみあうリターンを得てることでしょう

でも、なんとなくとか、とりあえずで大学に入る場合は、その500万円の教育費というカネはただの浪費になってしまいます

奨学金で通ってる場合は、ただの浪費の結果の借金にしかなりません

最悪です

ダラダラと欲と快楽にまみれるための500万円ってどうです?

ぼくはパチンコに使う金くらいムダだと思います

教育費は、正しく使えば投資になりますが、間違って使えば浪費にしかならないんです

慣習にしたがってなんとなく大枚叩いて大学にいかせるなら、その500万円はべつにつかったほうがいいです

親にとっても、子供にとっても

子供がなにか追いたい夢だとか目標があるならば、学費に使うのではなく、その可能性に投資した方が、リターンは大きいです

子供はそれで経験という大きな資産を得られます

子供がもしそれで成功したら、親は投資額以上のリターンを得られるでしょう

でも、なんとなく大学にいっては、500万円のリターンは学歴以外にありません

ぼくは、それが非常に無駄金だと思ったので、中退時には「その金は別のことにつかってくれ」と言った記憶があります

そのあとは親の援助もなくなりましたが、とてもいい経験がつめました

子供の「とりあえず大学へ」という発想はカネがかかってる実感がないから

親が大学にいかせたいっていうのも、しっかり理由をもってないとあかんと思いますけど、子供のとりあえず大学に行こうという発想はこれがないからです

その「とりあえず」に親はうん百万円というカネをかけることになります

在学中に仕送りなどをもらうなら、その金額はとてつもないことになるでしょう

子供のころは、塾のカネもなにもかも見えないところで親が支払ってるので、子供は教育にカネがかかってることを実感しません

だから学校には勉強さえすればかんたんにいけるものなんだと錯覚します

だから、気楽に「とりあえず大学」と生ビール注文する感覚で考えます

その生ビールはなん百万円なんですけどね!

もし、自分の金でいくとしたら、明確な目的もリターンも感じないものに500万円使うか?と考えた方がいいです

500万円とは、新卒サラリーマンの年収の2.5倍くらいですぜ

そうですね、だいたい都市圏で家族3人を1年養うのに必要な金額といえばその金額の大きさがわかるでしょうか

それを「とりあえず」で消費することの重さを親子とともに考える方がいいでしょう

教育という名の洗脳

「教育」って言葉は不思議な線能力がありまして、その2文字があればすべての出費が正当化されていきます

それは「教育には金をかけるべき。大学はいくべき。」っていう刷り込みの結果なんでしょうね

親はその刷り込みのせいで、教育費のリターンをあまり考えません

子供はその親のせいで、教育の裏でどれだけのお金が流れてるか知ろうとしません

その結果、進学にたいして何処か盲目になっています

大学にいく意味を、親子で理解しあおう

大学が必要かどうか?はその人の人生設計によるので必要か不要かは人それぞれです

そこを議論するのはムダというか不毛でしょう

ただ、「とりあえずの大学」は明らかにムダです

なので、子供も親も「大学にいくのに使う500万円はいったいなにになるのか?なんのための投資か?」をしっかり考える必要があるかと

ぼくは息子が進学する際には、

  1. その目的は?理由は?
  2. そこでどうなろうとしてるのか?
  3. 息子の人生においてどういうリターンがあるのか?

などをプレゼンしてもらおうと思ってます

説明できないものにお金をかける意味がないですし、高校生にもなればそれくらいの思考能力があってくれないと困りますしね

もちろん、いくらお金がかかり、それはどれだけ大きな金なのか?を親であるぼくはしっかり理解させます

そして、子供の人生におけるリターンにおいて、その金額を投資する意味があれば迷わず投資します

親は子供にしっかりとした教育をうけさせるべき。そこにカネは惜しまないべき

というのは、思考停止です

しっかりとした教育が学校教育とは限りませんからね