あなたが心配だから…って愛情もどきで子供を縛るのはやめよう

家族に関して、このブログを読んでるあなたはどんな感情を抱いてるんだろう?ここでいう家族は親世代の、育ててくれた家族のこと。ぼくは家族は一応大事に思っている。いざなんかあったときはかけつけたいし、育ててくれた、産んでくれた感謝はしていると思っています。あなた方がいたから今ぼくはここにいる…そう本気で思っています。

ただ、ただね、ぼくにとっては家族や家庭というものは窮屈なものです。家というか檻のように感じます。全てにおいて干渉してくるので息がつまりそうになります。ぼくはもう大人です。自分の足で立って歩いています。あなたがたがどんなに心配しても、その心配は晴れることはありません。ぼくはあなたがたを安心させるために生きてるわけではありません。

親は子供の心配ではなく自分の心配をしてください。

心配というのは一種の愛なんだと思うけれども、それは別にありがたくもなんともなくって。心配してもじゃあなにか力になれるか?といえばそれは無理でしょう?それはただ親であるあなたの理解の範疇を超えてるから、自分のいう通りにさせて自分が安心したいがための心配でしょう?ぼくのための心配ではなくて、自分のための心配でしょう?

子供をコントロールできない不安を抱いている親としての自分に対する心配でしょ?ぼくはそんなもの求めていない。だって自分で決めて生きてるから。ありがた迷惑なんです。

スポンサーリンク


親の「あなたのために心配してるのよ」という自己正当化

だったらお願いですからそっとしておいてください。理解も協力もいりません。ぼくのためを本気で思ってくれるなら、一切干渉せず、ただただ見守ってください。心配ではなくて、応援をしてください。応援しなくてもいいけど。

あなたのために…という「自分の心配の正当化」はやめてください。ぼくはあなたがたの心配なんて求めていません。お願いしていません。

子供はペットでもロボットでも分身でもありません。

子供は人間です。自我を持っています。ぼくのぼくによるぼくのための人生というものがあります。それはあなたたち親は関係なく、ぼくから見た唯一無二の世界であり、人生です。そこにあなたの感覚や経験や考え方を持ち込まないでください。

血が繋がっててもぼくとあなたは他人です。親子というカテゴリーにいるからって同一視しないでください。それはカテゴリー上の関係であって、個体としてみたらぼくとあなたはまったくの別人です。考えることも、やることも、死に方も全部違います。同じなのは名字や、細胞の構造くらいです。でもそれは肉体の話であって、精神ではありません。たとえ見た目が似てても、ぼくとあなたは別人で、他人です。

親のいいなりにしたいならロボットでも作れば?

もしまったくあなたと同じ考えとした存在が欲しいなら、ロボットを作ってください。プログラミングすればいいです。あなたの望みを叶えてくれるでしょう。

もしあなたの言うことをちゃんと聞く存在が欲しいなら、ペットを飼ってください。しつけすれば尻尾振って喜んでくれますよ。あなたの押し付けがましい干渉も、喜んでくれるでしょう。

いつから家は檻になったんですか?

いつからぼくの生まれた場所は、希望に満ち溢れた家ではなくなったんだろう。いつからぼくの生まれた場所は、ぼくをがんじがらめにする絶望が交錯する檻になったんだろう?

歳をとるにつれて、帰って安心する場所ではなくなっちゃった。帰るたびに息が詰まって生気を吸い取られる場所になってしまった。そこはまさに地獄で、一歩足を踏み入れれば生きてる心地のしない空間になっていた。そしていつかぼくがまだ小さかった時のまま、時間が止まっている。時間が進んだのはぼくだけなのだろうか?

ここにはぼくをまたここに縛りつけようとする鎖が張り巡らされてる。そこから逃げるために必須になる。

本当に子を思うなら、放し飼いをしてください

かわいい子には旅をさせろといいます。ぼくに旅をさせてください。あなたたちが言う心配という仮面を被った首輪は、ぼくをどんどんがんじがらめにして生きた心地をなくしていきます。ぼくのことを思うなら首輪をするんじゃなくて放し飼いにしてください。

ちゃんと生きて帰ってきますから。心の中でちゃんとわかってますから。信じてください。そんな簡単に死んだりはしませんから。あなたは自分が死なないように自分のこと心配してくださいよ。

親の「あなたが心配だから…」は愛情ではありません

あなたのため…親の子に対する愛情…などとそれらしいキレイなラベルを貼って、ぼくに届けないでください。押し付けないでください。求めてません。それはあなたが自己満足するための、あなたが安心したいがための愛情ですよね?

それをつっぱねると「親不孝」とかいうのでしょうか?こんなに愛情を注いでるのになんでお前は…とか思うのでしょうか?

そんなもの、愛情とは言いませんよ。愛情というものは無条件のものですよ。見返りを求めないんですよ。見返りを求めるのは義理だとかそういう風に呼びます。愛情とは言葉で表すものではないんですよ。もっとこう、無形で無音で、わからないものです。

親は子に期待しないほうがいい

しっかり反応してほしい、返してほしいなんて親のエゴでしょう。子供がいつか親に今までの恩を返す…とか、安心させて当然とか思うのであれば、それは期待しないでください。育ててくれたことには感謝しています。でもそれを恩返しするかってのはまた別の問題だし、その恩があるからじゃあ親が安心できる人生を送れというのなら、ぼくは誰のために生まれ、生きているのでしょうか?

ぼくはぼくのために生きています。他の誰のためでもない。もちろん親のためですらない。そういう期待を子供にしないでください。それが嫌なら親にならなければいいんです。押し付けないでください。あなたの愛情とやらを。

そんなものがぼくを押しつぶそうとしてきます。ぼくを閉じ込めようとします。あなたとぼくは他人です。他人のことは放っておいてください。ぼくを、閉じ込めようとしないでください。

関連記事

「初心者だけどすぐにネットで稼げる方法ない?」なんて言うあなたは宝くじでもご購入...

ぼくが「現金ではなく信用を稼ぐ」という愚行をしない4つの理由

海外フリーランスを目指すために、事前に知っておきたい4つのこと

目標よりも目的をもつ方が圧倒的に結果はでるし夢もかなうよ

ネットで稼ぐ必須スキルのコピーライティングとセールスライティングの違い

やっぱり「石の上にも三年」って老害ワードは正しいと思うんだ