ないものねだりの幸福論。不幸だと感じるのは幸せの基準値が高いから

プロ引きこもり(@luckyman0302)だよ。ども。

くますけ

くますけ
幸せになりたい!

っていう人は多いけど、でも思ったよりも自分の人生が幸福だと思えない人って多いんじゃね?って思う。

ぱっと見幸せそうに見えても、実はそう思い込んでるだけだったり、そう見せてるだけだったり。

くますけ

くますけ
心から幸せです!

と純度100%で思えてる人はなかなかレアなんじゃね?

でもじゃあ、どうしたら幸福感のある人生にできるんだろうか?

  1. 金を稼ぐ
  2. 好きなことだけする
  3. 好きな人と両思いになる
  4. 環境を変える

とかいろいろあるだろうけれど、ぼくは単純にこうおもう。

要するに「幸福だ」と思えるラインを下げておくってこと。基準値を下げる。

幸せになるためのABCみたいなのって多いけど、それのだいたいがさ、ないものを手に入れることにフォーカスしてるじゃん?

  • 好きなことだけしよう:好きなことができないからそうでない環境を手に入れよう!
  • お金を稼ごう:お金がないから手に入れよう

的な。

ないものねだりの幸福論なんだよね。全部。

でもそれには、今より上にいかないといけない苦しみが伴うわけですよ。

だから、幸せになろうと「努力」してるのに、なんだか苦しい…なんて人が多いわけよね。

でもちょっと待てと。

単純に幸福感をえるために、そんな頑張ってなにか取りに行く必要ってあるんかい?と。

よくよく考えてみれば、今の生活もけっこういい感じなんじゃねえの?と考えてみて欲しいんだよね。

まあよほど貧しい生活だとか、そういうのだったらアレとしても、

くますけ

くますけ
幸せになりたい!

とか言ってる人の大半が、実はすでにけっこう満たされてね?と。

そういう人が幸福感を得るには、なにかをプラスするのではなく、むしろマイナスすること。

モノや欲に溢れた現代で、上がりに上がった幸せの基準値を下げること。

この基準値が高いと、本当はけっこう満たされてるのに、そこに届かないことが不幸感を生む。

仮に届いたとしても、そこまで基準値が高いと、落ちたときにとてもネガな気分になる。

いい暮らしが当然になった人が、生活レベルを急に下げられないのと同じ。

けどこの基準値が低いと、それを少しだけ超えただけでなかなかポジな感情を得ることができる。

そもそも生活レベルを上げなくても満足感を得られてる人は、仮に生活レベルを上げて、そのあと落ちても、あんまり不幸だとは感じないでしょ。

くますけ

くますけ
まあ、元にもどっただけ〜

的な。

いかに自分が幸せだと感じられる基準を下げておくか?は大事だよ。

収入や名誉に比例して、この基準値をあげてしまうと後でしんどくなるときがくる。

幸福感のラットレースはやめよう。

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