「自分には価値がないし、生み出せないんです」
という声を今も昔もよく聞く。なにかをやるにしても「提供できる価値がない」という人がいる。とくになんか最近多い気がしてならない。けど、ぼくは思う。「そんなこと誰がいったの?」と。
この記事では「自分には価値がない」というのが100%思い込みであることをがっつり証明していこうと思う。
「自分(あなた)には絶対的に価値がない」って誰かに言われたの?
これをまず考えてみてほしい。たぶん、誰にも言われてないはずだ。普通に生きてて道行く人に「お前には価値がない!◯ね!」なんて言われることってないでしょ?
もちろん、会社の上司とか親にその類のセリフを言われたことがあるのかもしれないけれど、でもそれは明確な根拠がないわけで。仕事がうまくできない…とか勉強ができないってだけでなぜ「価値がない」と言い切れるのか?疑問に思わない?ぼくは思う。
誰かがいう「お前に価値はない」というのは、その人の基準線でしかない
人は自分の判断軸と基準線でものごとの判別をする。ということは千差万別であるけど、万能でもない。ということは真理ではないわけで。
- 人によっては朝起きれない=価値がない人間と認定するかもしれない
- 人によっては勉強が絶対的な評価軸で、それに沿わない人は価値なし認定かも
- 人によっては従順に仕事できる人材こそ価値があると考える
などなどみんな自分勝手に「こいつは価値がある。こいつは価値がない」とかいうわけで。それもその人の思い込みであり、真実ではない。けど、それを繰り返し言われると本当にそうかのように思ってしまう。
つまり「自分には価値がない」と思ってるあなたは、他人の思い込みによって思い込まされてる謎の現象に巻き込まれてるのだ。フィールドさえ変われば、同時にあなたにはめっちゃ価値があるかもしれない。
サラリーマン時代では価値がないと言われまくってた人が、独立したらめっちゃ活躍しちゃったなんてことはよくある。もちろん、逆もだ。
このプロセスで「自分には価値がない」と思っているあなたは、他人によって思い込まされている可能性が高いから、ちょっとゆっくりコーヒーでも飲んで「さて、俺には本当に価値がないのだろうか?」と検証してみるといい。
人は生まれながらにして価値を提供している
さて、ぼくら人間は実は生まれながらにして価値を提供しているのだ。生まれたその瞬間から価値を生んでいる。
赤ちゃんだったぼくらは周りの大人に対してこのような価値を提供している。
- 癒し
- 家族の絆の中心になる
- 父母を親たらしめる存在に成長させる
ぼくらはおぎゃッと生まれたその日にすでに価値提供ができているのだ。もちろん生まれた瞬間に忌み嫌われる不幸な子もいるかもしれない。けど基本的にはそれはない。生んだ瞬間に「生まれてくんじゃねええええ!」なんてことはないだろう。だったらそもそも産まないからだ。
ぼくらは生まれたその日から、言葉もしゃべれないその時から価値提供をしている。それはぼくの子供がそうだから、間違いはない。他の親もそうだろう。
生まれたときに、無力なときに価値提供をしているぼくらが、大人になってから価値がなくなることはあるのだろうか?ぼくはないと思う。
人間何年も生きてたら、価値を蓄積していくに決まってる
ぼくらはおぎゃーと生まれてから、数年かけてどんどん成長していく。その成長の過程で、嫌なこともいいことも経験して大人になっていく。そしてその過程はみんな違う。誰一人として「全く同じ道」は通らない。
ということは「自分はできるし経験あるけど、それを経験したこともないしできない人」っていうのは確実にいるわけだ。そういう決定的な差がある時点で、あなたに価値がないことはない。
あなたが朝確実に起きれる人なら、朝起きれなくって悩んでる人にアドバイスもできる。あなたが人より体格がよくってパワーあるなら、ひ弱な細身の人や女子を助けてあげることはできる。あなたの中に価値がないなんてことは絶対ないのだ。
あなたが自分に価値がないなんて思ってしまうのは、自分で自分を洗脳してしまってるだけなんだ。
コンプレックスを乗り越えた経験があるだけでも価値提供できる
もしあなたが過去にすごいコンプレックスがあって、それを乗り越えたとしよう。そしたらそのコンプレックスを乗り越えた経験や、そこでやったことは、今まさに同じコンプレックスに悩んでる人にとっては貴重な情報だ。
例えばぼくは現在進行形でアトピーで、絶賛お悩み中だ。だからもし重度のアトピーを完治させた人がいたらぜひとも話を聞きたいレベル。それだけその経験には価値があるのだ。
あなたも人生で何度かはコンプレックスに悩んだ時期はあって、それを乗り越えたりした経験はあるだろう。それがある時点で、あなたには価値がある。
あなたの当たり前も、他人の当たり前も当たり前ではない
人の価値観はそれぞれだ。そしてそれはどれも「絶対的に正しいということはない」のだ。価値観とは人生の中で培われるものだから、まったく違う人生を歩んできた人間どもがまったく同じ価値観で生きることはありえない。
でもそれはどれが正解でどれが間違ってるなんてことは絶対にないのだ。
言い換えれば、誰かの当たり前はあなたにとって当たり前ではないし、あなたの当たり前も他人にとっては当たり前ではない。もっとわかりやすくいえば、誰かの常識はあなたにとって非常識。あなたの常識はだれかにとって非常識ってことだ。
つまりだれかがあなたに「お前には価値がない!」なんて言っても、それは正しくないしあなたには価値がある。あなたが「自分には価値がない」なんて思っても、他人からしたらあなたは価値ある人間だってこと。
要するにすべて「思い込み」の一種でしかないってことだ。結論、あなたには価値があるってことだ。だからまずは変な自己洗脳をまずは解いて「俺、価値あるんじゃね?」というポジティブ勘違いをするところから始めてみよう。
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