モノを持たないミニマリストよりもすてきな生き方、シンプリストとは

最近気になるキーワードがミニマリスト。ネット上には「俺はミニマリストなんだぜどや!!」という発言がやたら目につく。いや、それは別にいい。自由だし、好きにしてくれと。ただどうしても気になって仕方ないのが、これ。

ミニマリストって持ち物が少ない人のことをいうの?

ということだ。じゃあものをとりあえず整理していけば誰でもミニマリストということだ。その自慢合戦があちことで行われてる。なんかこれって本質的でないと感じている。一体全体、真のミニマリストってなんなんだろうか?今回はこれを考察する。

なぜミニマリストになるのか?

人はなぜ、ミニマリストになろうと懸命に努力をするのか?正直にいうと「モノを減らしたら、なに?」なのだ。なぜ、そんな懸命にモノを無くそうとするのだろう?モノを捨てて、それでマジ人生変わったー!!なんて人はいるんだろうか。

個人的には「モノを減らした俺、かっこいいミニマリストどや」っていう自己顕示欲的なものを強く感じていて、それってモノは減ってるけど、雑念増えてる意味で全然ミニマリストじゃないよねと。ミニマリストというなのただのナルシスト疑惑。

ミニマルな暮らししか選べない半強制ミニマリスト

モノを減らすことに意味は数点しかないと思っている。

  • 単純に、いらない
  • 単純に、置けない

だ。狭い1Rのお部屋にモノはおけない。それは圧迫された暮らしになって不快だろう。でも別に80平米程度の部屋に住んだら、スカスカだ。でもそういう家に住めないからモノが持てない。(家賃的な意味と、箱的な意味で)

だから、モノを持たない暮らしにせざるを得ない。捨てないとあかん。でもただ捨てるだけじゃもったいないから「俺、ミニマリスト」を主張している…という雰囲気しかしないのだ。モノを持たないのではなく、持てない。けどそれだとかっこ悪いから、持たないライフスタイルとして演出する。

そもそもミニマリストになる意味は?

なぜ、人はミニマルな暮らしにするのか?それはひとえにシンプルに生きたいから…なんだろう。毎日着る服や持ち歩くものに無駄を排除して、シンプルに生活したいんだと感じる。物質過多、情報過多の現代へのアンチテーゼ。

モノを減らしたら、シンプルに生活出来る?

ただ、モノを減らしただけでその生活は成り立つのか?そうは思わない。外出先で行ったお店でメニュー見て迷ってたら?あれこれ毎日迷ってたら?今日はどこにいこうか?なんて常に情報を検索してたら?

これって全然シンプルではないよなと。さらに言えば、そこに自己顕示欲的なものだったりが混ざると、もうそこは雑念の宝庫。いかに自分がすてきなミニマリストか?を見せるために、頭の中には雑念がいっぱい。モノは減ったけど思考が増えた…となっては全然ミニマルじゃないよね。

インスタにリア充写真を貼って反応を取りたくて、常にリア充を演じる若者や、お受験=正義と思って必死にすてきな奥さまを演じるマダムと同様「それ」であるために雑念だらけなんてことになりかねない。

ミニマリストであるために、今欲しいものを我慢するなんて生活はなんか違う。

ミニマリストよりも魅力的な、シンプリストになろう。

シンプリスト?なんだそれ?と思ったあなた、この生き方はミニマリストに埋もれてるけどもっと魅力的な生活スタイルだ。文字通り、シンプルってことだ。シンプルな暮らしを好む人。

ぼくは、ミニマリスト論争を見ててこっちのほうだなと理解した。そしてこちらの方が圧倒的に魅力的なライフスタイルだ。

ミニマリストとシンプリストの違い

ここで、似て非なる2つのライフスタイルの違いを明示しておこう。もしかしたら、ミニマリストを違う意味で捉えているかもしれない。

  • シンプリスト:要素を単純化した暮らし
  • ミニマリスト;無駄を排除する暮らし

つまり、シンプリストはモノを多少は関係なく、シンプルであることを目的として、ミニマリストはとにかく排除!ということだ。前者は在り方にアプローチしてる人。後者は排除するという行為にアプローチしてる人ということになる。

これも見たときに、ぼくは完全にシンプリストの方がいい!と感じてしまったが、あなたはいかがだろうか?

モノが多くても、シンプルな暮らしはできる

ぼくを例に出して申し訳ないが、わかりやすいので出させて欲しい。ぼくの生活はかなーりシンプリストだ。質素かつ簡潔。無駄がマジでないと断言する。でも、モノは多い。

ぼくは靴は10足は持っているし、本もたくさん持っている。積ん読が多い。子供のおもちゃは床に散乱しているし、食器も多い。つまりモノはけっこうある。家も広い。スモールハウスではない。

それでも、まったく無駄の多い暮らしにはなっていない。なぜなら「生活にかかる要素を単純化」してるからだ。以下に例を出してみよう。

通勤は、しない。基本的に家にいる。

これは仕事のスタイルをシンプルにしている。ぼくは仕事のために外出することはまず、ない。朝起きたらそのまま仕事部屋にいけばそれで通勤完了だ。よくあるノマド的なのもできるけど、あれはめんどくさい。

  • 今日はどこいこっかなー
  • うーん、店員の目が…
  • 電池が….

という雑念がうまれやすい。ノマドをやってたことがあるけど、気分的にはアガるがけっこうめんどくさい。移動時間も無駄だった。その結果、家でよくね?ってなったのだ。

生活にかかる選択肢が極限まで少ない

上記のように「家、在宅」にフォーカスすることで一気に選択肢が減る。今日はどこいこう?もなければ、今日なに食べよう?もない。家にあるものを使ってご飯を作るのみ。外食だってしない。買い物で買う食材はだいたい同じもの。迷うことはないし、いちいちレシピ調べることだってしない。

買うものすべてが固定化されてるから、なくなり次第それを発注すれば家に届く。よって車もいらない。車がないから、行動範囲も絞られる。つまり選択肢が絞られる。

外出しても、シンプルに

シンプルな暮らしの真髄は「迷わないこと、自分のフレームの中で考える」にある。よって外出してもシンプルだ。レストランでメニューを見たら3秒で決める。あ、もちろん家族と出かけてる場合はメニュー眺めつつ「どうする?」という会話を楽しむけど、自分が食べるものはすぐに決めている。

「お決まりになりましたら…」のセリフ終わりにもう注文してる。

 

…という感じで、ぼくは在宅ですべてこなすというライフスタイルのシンプル化によって思考や行動に無駄のないようにしている。そこからはみ出ることは、選ばない。から、もう毎日がシンプルかつルーティーンのように過ぎていく。

それがつまらない….と思う人は多いだろうけれど、この毎日のシンプル化、ルーティーン化は快適なライフスタイルには不可欠だ。刺激だらけにするのがいい人生ってわけではない。雑念のない暮らしはいいものだよ。

ミニマリストよりシンプリストの方が、バランスよく人生を楽しめる

冒頭に戻るけどモノを排除していくのはいいけど、結局のところ思考も排除しないと頭の中が全然ミニマリストにならないことが多い。たぶん、世のミニマリストが本当に目指してるものはシンプリストだ。そのための環境療法として断捨離などが流行ってるわけで。

でも、シンプルな暮らしをするのにモノの多い少ないは関係はない。要はそこに統一感を出せばいいのだ。服だってテイストが同じなら、シンプルだ。インテリアだってそう。簡素化してしまえば、断捨離するまでもなくシンプルな暮らしは叶う。

まずは自分のライフスタイルのフレームを作ってしまおう。モノにかこまれる暮らしも、幸せだよ。それが必要なものだとわかっていれば。

>>本当にいらないものを断捨離したいなら、お金がもらえる断捨離はいかが?

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